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仙台地方裁判所 平成11年(わ)125号 判決 1999年8月23日

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人は、窃盗の目的で、平成一一年二月二七日午前八時三〇分ころ、宮城県<以下省略>所在のA方居宅内に、台所の窓を開けて侵入し、同所において、同人所有の現金一〇〇円及び金杯ほか八点(時価合計約六八〇〇円相当)を窃取した。

第二  被告人は、同年三月四日ころ、同町<以下省略>の一所在のB方において、同人所有の現金五一五〇円及び梅酒など六点(時価合計約一二六〇円相当)を窃取した。

第三  被告人は、同年三月五日午後三時過ぎころ、前記A方居宅内において、同人所有の指輪一個(時価約五〇〇円相当)を窃取した。

第四  被告人は、同日午後六時一〇分過ぎころ、前記A方居宅天井内において、宮城県佐沼警察署司法警察員巡査Cに対し、その顔面などを所携の手工用切出で切り付けるなどの暴行を加え、よって、同人に加療約三週間を要する顔面・左手・胸部切創の傷害を負わせた。

第五  被告人は、業務その他正当な理由による場合でないのに、同日午後六時一〇分過ぎころ、前記A方居宅内において、刃体の長さ約一三・二五センチメートルの前記手工用切出一丁を携帯した。

(証拠の標目) <省略>

(事実認定上の補足説明)

一  判示第三、第四の所為につき、第三の窃盗犯人の被告人が通報を受けて臨場した警察官の逮捕を免れるため、第四の暴行を加えて傷害を負わせたもので、事後強盗致傷の罪が成立するとして起訴されている。

ところで、刑法二三八条の事後強盗罪は窃盗犯人が窃盗に着手しまたは既遂に達した後、その犯行の機会に同条所定の目的で暴行または脅迫する行為を、その態様において暴行または脅迫を用いて財物を奪取する同法二三六条の強盗罪と同視するに足りる実質的違法性を帯びるものとして重く処罰する趣旨であるから、暴行または脅迫が窃盗の機会継続中に行われることを要すると解される。

当裁判所は、本件暴行が本件窃盗の機会継続中に行われたとは認められず、判示のとおり窃盗と傷害が成立するものと認定したが、その理由を説明する。

二  まず、前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

被告人は平成一一年三月五日午後三時過ぎころ、判示A宅内において、奥寝室タンス内から、同人留守中に同人所有の指輪(時価約五〇〇円相当)を窃取してポケットに入れた。その際、被告人は誰にも犯行を目撃されることはなく、その後も被害者や警察官等に追跡される等のこともなかった。被告人は窃取後、逃走することは十分に可能であったが、家出中で行く場所がなく、外は寒かったため、数日間くらい被害者の家の天井裏に隠れ、家の人が外出した時に天井裏から出てきて食べ物などを盗んだりしようと考え、A宅に留まった。なお、A宅は平屋建で、天井裏には玄関横洋間押入上の天袋上部からしか上がることができない構造で、天井裏と居室とをつなぐはしごなどは置かれておらず、また、天井裏は梁があるのみで、人が立って歩けるような所ではない。その後、被告人は、午後三時三〇分過ぎころ、A宅に置いてあった焼酎の入った四合瓶、水を入れた四合瓶、ライト、週刊誌及び殻付きの落花生等を手に取り、洋間内の北側の観音開きの天袋から天井裏に上がった。被告人は、天井裏にあがった後、天井裏を通っていた配線を切断し、ライトの差込みに直接接続してライトに灯りを点け、焼酎を飲んだり、眠ったりした。一方、Aは、同日午後四時三〇分ころ帰宅し、茶の間にあるテレビの音量が、朝にテレビを観たときよりも低くなっており、台所の割れていたガラス窓に貼っていた障子紙の歪みも朝よりなくなったように感じ留守中に誰か家に侵入していると疑った。そして、Aは、同日午後五時三〇分ころ、自宅の天井裏で人が移動するような物音がするのに気が付き、泥棒が天井裏にいると思い、警察に通報した。その当時A宅は、各部屋を通じて乱雑な状況にあり、窃盗の被害を把握し難い状況下にあり、Aも、警察に通報した際、本件指輪が盗まれたことについては全く把握していなかった(なお、被告人の所持品中の指輪が実は窃取した物として任意提出されたのは、一〇日後の同月一五日であり、Aが被害を確認し、追加被害届を出したのは同月二三日である。)。同月五日午後六時過ぎころ、二人の警察官がA宅に到着し、天井裏に上がったところ、被告人は、午後六時一〇分過ぎころ、天井裏内において、一人の警察官に対し、逮捕を免れようとして、その顔面などを所携の手工用切出で切り付けるなどの暴行を加え、その結果傷害を負わせた。そして、被告人は、同日午後六時一五分ころ、その時所持していた判示第一の盗品金杯等の窃盗犯人の強盗致傷の現行犯人として逮捕された。

三  そこで、以上の認定の事実に照らして検討すると、被告人の本件暴行が行われたのは、本件指輪の窃盗行為完了から約三時間後という相当の時間的隔たりがあり、その間に被告人が配線に細工をし飲食や睡眠をとるなどの窃盗とは無関係の行動をする時間経過を経た時点であること、被告人が窃盗の犯行現場であるA宅に居続けたのは、被害者や警察官に発見されて追跡され逃げ場を失うなど全く逃走が不可能な状態にあったことから隠れたわけではなく、誰にも見つかることなく容易に犯行現場から逃走できたのに、たまたま家出中であったことから、単に当座寝泊まりする場所を確保するために天井裏に潜んでいたにすぎないこと、警察官の逮捕行為当時、本件指輪の窃盗の事実は被害者にも警察官にも一切判明していない状況にあったこと、天井裏は構造上家人も頻繁に上がるような場所でないうえ、物音を立てるなどしない限りは天井裏に人が存在することは容易に判明するとはいえないことから、窃盗行為が行われた居室内と天井裏とは距離的には近接しているものの隔絶した空間であると評価できることなどからすれば、本件窃盗と本件暴行との間に時間的にはもちろん場所的にも接着しているとは認められず、逮捕行為や暴行も本件窃盗と関連性があるとも認められないので、被告人の本件暴行はもはや窃盗の機会継続中になされたものと解することはできない。

したがって、事後強盗致傷の罪は成立しないものといわざるをえず、結局判示第三及び第四のように窃盗及び傷害罪の成立が認められるにすぎないと判断した。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人が本件犯行当時、心神耗弱の状態にあったと主張するが、本件証拠によれば、被告人の本件犯行時の一連の行為はすべて行為の意図と行動とが適合した合理的な行為である。すなわち、被告人は金品を盗もうとして室内を物色して指輪を盗み、家人に見つからないようにその家に潜んで暮らそうと思って天井裏に上がっているのであり、その一連の行為は、いずれも被告人の主観的な意図に合致した合理的な行為と言える。また、天井裏の配線を切断してライトを点けられるように細工するなど、およそ心神耗弱の状態にある者の行動とは考えられない状況への適切な対応を示す行動もとっている。天井裏に上がってきた警察官に攻撃を加えたことも、他人の住居に侵入して窃盗をした被告人が逮捕を免れようとした行動であり、異常な行動というものではない。人が上がってきたことに驚いたために激しい反応をしたということはあったにしても、判断能力が減退したものと認められるような行動とは言い難い。加えて、被告人の長男も、家出前の被告人の行動について異常な点はなかったと公判廷で供述していること、被告人も当公判廷において正常な応答をし続けていたことなどの事実が認められる。以上の事実に照らせば、被告人が本件犯行時において責任能力を有していたことは明らかである。なお、本件証拠によれば、被告人は昭和五七年一〇月二八日から同五八年一月五日にかけて、精神的打撃を原因とする心因反応により治療を受けていたことが認められるが、一五年以上も前の病歴であり、本件犯行との関連性は認められない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為のうち、住居侵入の点は刑法一三〇条前段、窃盗の点は同法二三五条に、判示第二及び第三の所為は同法二三五条に、判示第四の所為は同法二〇四条に、判示第五の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三二条四号、二二条にそれぞれ該当するが、判示第一の住居侵入と窃盗との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い窃盗罪の刑で処断し、判示第四及び第五の罪については所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中九〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、借金苦から家出した被告人が、金銭や寝場所の確保に困ったため、進入盗を繰り返し、最終的に天井裏に居着こうとしていたところを家人に気付かれ、警察に通報されたため、逮捕を免れようとして、駆け付けた警察官に対し、傷害を負わせた事案である。

第一から第三の事案については、住居侵入を繰り返して種々金品を盗み、挙げ句の果てに侵入した居宅の天井裏に居着こうとするなど大胆かつ悪質な態様である。また、第四及び第五の事案については、狭い天井裏で暗がりの中、安易に刃体の長さ一三センチメートルを超える手工用切出を振り回したもので凶暴かつ悪質な態様のものであり、しかも傷害の部位も顔面・胸部等生命に危険の大きい箇所であり、傷害の程度も加療約三週間を要する重いものであることからすると、犯情も芳しくない。これらによれば、被告人の刑事責任は重大である。

他方、被告人は、厳しい債務の督促に悩まされた結果家出をし、金に困って本件各犯行に及んだものであり、その債務も、他人の借金の保証人になった分が多いことも考えると、犯行に至るまでの経緯については酌むべき事情がある。また、窃盗については被害金額は多いとは言えず、被害品はほとんど還付済みであること、窃盗の被害者二名及び傷害の被害者に対して謝罪金としてそれぞれ三万円が支払われ、逮捕の際に破損した天井についても修理代金として約三〇万円が支払われ、大部分の損害は補填されたこと、被告人の長男が今後の監督を誓約し、被告人自身改悛の情を示していること、本件で五か月以上勾留されたこと、前科前歴のないことなど被告人に有利に斟酌することのできる諸事情も認められる。

そこで、以上の事情を総合考慮し、主文の刑に処したうえ、その執行を猶予して社会内での更生の機会を与えるのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑―懲役七年)

(編注)第1審判決及び弁護人の上告趣意は縦書きであるが、編集の都合上横書きにした。

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